「―――…でさ、どうしてこういう事になった訳?」
あたたかな春の日差しの差し込む昼休みの屋上で、綱吉は売店で買われたと思われる奇妙な総菜パンに視線を落としながら、
隣で気だるそうにフェンスに寄り掛かかる彼に、胸にぐるぐる渦巻く疑問を、やっとのことで投げかけた。
本当は再会してすぐに聞きたい事はたくさんあったのだけれど、再会できた喜びが思いのほか大きすぎて、
昨日はただ、無言のまま一緒にいられる時間を噛みしめていた。
「…………は? 何がだよ」
買ったばかりの温かな缶コーヒーから、白い湯気が上がっていた。
「…何がって……、なんでハヤトがここにいるのさ……!」
「あぁ、それか」
「あぁそれかじゃないよ…!俺、冬休みにもハヤトに会いにそっちに行ったんだからな…!
……なのに姿すら見せないで……!……俺、ついに飽きられたのかと……」
「!? バカ!そんな訳ねーだろ…!?
……ちょっと所要があったんだよ、こっちにもいろいろとな……」
「………所要って…? 何それ」
半年間の音信不通でぶーたれてしまった綱吉は、例えるなら、新婚ほやほやの妻が夜遅くに帰宅した旦那を
嫉妬まじりに咎めている…、というような感じだった。
ハヤトは今日一日だけで起きた現実に「はぁぁ〜…」と大きなため息をつきつつも、
白い麺の乗ったパンの袋をパリンと開け、「……結構大変だったんだぜ」と片眉を上げてみせた。
彼が話すにはこうだ。
綱吉と別れたあの夏の日の一週間後。
ハヤトは例の白狐に呼び出された。
そして「お前を明日から雑用係に命ずる」と、訳の分からない宣言をされ、次の日には神々のおわす「神の庭」という
別空間へ無理やり連れて行かれ、そして挙句の果てには翌日から昨日並盛にやってくるまでの半年間、
神々の住まう豪奢な別荘にて、炊事(と言っても湯を沸かすくらいだろな)、洗濯、庭の草抜き、書物の整理に至るまで、
ありとあらゆる雑務をさせられたそうなのだ。
「…………そうだったの、……大変だったんだね…」
思わず同情的な視線を向けると、彼は手に持っていた缶コーヒーを乱暴に置き、
「大変なんてモンじゃねーよ……!
ここに来るのだって事前に何の説明も無かったんだぜ!?
今朝目が覚めたら全然知らねー河原で伸びてるし………!」
自分に襲いかかった不慮の事態?に、思わず頭を抱えてみせた。
「…まぁ、手紙が一緒に落ちてたから、お前のいる場所はわかったけどな…」
悪戯そうに一瞬歪められた横顔に、少しだけ頬が熱くなる。
「……へ、へぇぇ…。
…でも、住むところはどうしたの?確か、引越しの片づけがどうのって、昨日先生が言ってたよね」
「――…あぁ、それならアイツが一通り用意してたんだ」
「……あいつ?」
「おまえも会ったろ?オショロ狐」
「………オショロ、ギツネ……?」
「だから、あの白い狐だよ。俺らのボス。
……おまえが知ってる奴だと、安倍清明の母親だっていう、葛乃葉って名前の白狐?
ホントかどうかは知らねーけど、名前がいくつもあるってのはホントらしいぜ」
むしゃむしゃと、美味いのか不味いのか見た目だけでは判断出来ない、奇妙なパンに無表情でパクつきながら、
元お狐様はさらりと凄いことを言ってのけた。
「―――……は? 安倍清明…?」
「そ」
「………の、母親…」
「そ。
…まぁ、俺が生まれたのがせいぜい400年前くらい前だからな、そんな昔のこと知ったこっちゃねぇけど」
ぐびぐびと缶コーヒーを一気飲みする彼の横顔を凝視して、綱吉は思わず固まった。
「とりあえずは助かったけどな。
俺、ずっと田舎にいただろ?あんなでっけー建物なんか見たことねぇし、人の世っていろいろめんどくせーし……。
もし泊まるとこ無かったら、おまえん家に転がり込む予定だったんだけど………、抜かったぜ」
ニカッと笑う人懐こい笑みに、綱吉は「…ふぅぅ」と大きなため息をつきながら、
(…まさかそんなにすごい人(…いや、狐か?)に俺が会ってたなんて……!
思ってたより世間って狭いんだなぁ……)
さすが1000年越えの大妖怪!と青空を仰ぎ見て、あの時出会った白狐の神々しいばかりの姿を思い出し、
綱吉は少々うっとりと頬を染めた。
「――…しかし今日はマジ疲れたな……。
こんなに嘆願書寄こされたのは400年生きてきた中でも生まれて始めてだぜ」
「……えっ?」
『嘆願書』、と言って彼がブレザーのポケットから出した色とりどりの紙の束に、
綱吉は思わずカチンと凍る。
そこには「好きです」だの「付き合ってください」だの「あなたを一目見たときから」云々、
よくもまぁ、昨日始めて会ったばかりの人間に、そんなに積極的に出られるものだ、という内容の事が書かれていた。
「……つか読めねぇ、コレ日本語か…?」
「……うん、独特な字体だよね…。
――…ってハヤト!それは嘆願書じゃないよ!…俗に言うラブレターってやつだよ」
「……ラブレター?」
(…やっぱり知らないんだ、ラブレター……。
――…しかし女子ってスゲーよ…。行動力の塊みたいだ………)
朝から今に至るまでの光景を思い出し、綱吉は小さく顔を歪めた。
「はぁぁ…」と、余計に大きなため息が出る。
これからあんなことを毎日目撃しながら生きていかなければならないのだろうか……。
一応自分は恋人なのに。
世間知らずな元お狐様は何てことないような顔で、「愛」のたくさん込められたソレを受け取ってしまった。
(………これはもう、ちょっと教育が必要かも……)
琥珀の瞳に、鈍い色が浮かぶ。
「――…そう、いろんな意味でハヤトすごい目立つからさ…。
前は目立たないようにしてたんだろうけど、そういう気が無いんなら、ちゃんと断らなきゃダメだよ…?」
「……?」
「とにかく…!今ハヤトはもうお狐様じゃないんだから、こういうお願いを叶えてあげる必要は無いの!
今度からは「特定の相手がいます」って言えばいいんだよ…!あとは「いいえ」で貫き通す…!」
「…はぁ…」
「「はぁ」じゃない…!「はい」でしょ?「はい」っ!!」
「……はい」
なぜかものすごい剣幕で詰め寄って来る綱吉に、ハヤトははてなマークを頭いっぱいに飛ばしながらも、
それでも自分のことを気にしてくれる恋人が妙に可愛くて、隙を狙って柔らかな頬にかすめるようなキスを贈った。
「――…なっ!」
「今日は俺、おまえんちに泊まる事にするわ」
「…えっ!?」
「だって人間になった以上、3度のメシは必要だろ?
でも俺メシなんて作ったことねーし、スーパーってとこに行く金もねぇもん。
しばらくはおまえんちで厄介になるわ」
「――……はぁぁ〜!?
…だって家用意してもらったんだろ…!?そっちはどーすんのさ……!」
「どうするも何も。俺のモンだろ、どうしようと勝手。減るモンもねぇし」
「まさかの持ち家かよ…!」
「将来おまえと住んでもいいしな。結構広かったし、2人なら余裕だろ」
「…………」
真っ赤な顔でパクパク口を開け閉めする綱吉は、去年の夏祭りで見た真っ赤な金魚みたいで、やたらに可愛かった。
「じゃあ決まりな!……っておまえ、早くメシ食っちまえよ!
次の授業始まっちまうぞ」
「…あぁっ!そうだった…! ちょ、ちょっと待ってて!すぐ食べちゃうから……!」
弁当でのどを詰まらせ咽る綱吉に、ハヤトが笑いながら茶を差し出す。
――あの町からはるか遠い並盛の町にも、桜が咲く季節がやってきた。
あの桜の木の下で誓い合った約束は永遠。
彼らの春は、まだまだはじまったばかり…………。
『あの日、夏の日。』後日談 Fin.
ここまでお読みいただき、ありがとうございました^^